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こころの再生百人衆

芸能・文化分野の方々

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汀 夏子さん

女優 元宝塚歌劇団トップスター


1964年宝塚音楽学校を首席で卒業後、『花のふるさと物語』で初舞台。初舞台以来10ヶ月で『港に浮いた青いトランク』の準主役に抜擢される。初演当時の『ベルサイユのバラ』で男装の麗人オスカルを演じて人気爆発。ベルバラブームの火付け役に。
『星影の人』では沖田総司役でトップスターの座を不動のものとする。上演劇場の新宿コマ劇場は連日超満員で当劇場の観客動員新記録を樹立した。『朝霧に消えた人』『オールマンリバー』では宝塚歌劇団の中で最高観客動員力を発揮。人気絶頂だった1980年に宝塚を退団。
退団後は『回転木馬』『マリウス』『炎の妖精』『バス・ストップ』など多数のミュージカルに主演。1987年には『楼蘭』『舞台はまわる』『さよならアラン』の三作品で、女優の中に宝塚時代に培った男役の魅力を巧みに生かした活躍ぶりが評価され、芸術選奨大衆芸能部門の文部大臣賞を受賞している。
現在は、芝居の他、コンサート・ディナーショーを中心に、テレビ・ラジオ・全国各地での講演等幅広く活躍中

汀 夏子さんからのメッセージ

凛として

中学1年生のときに母と二人で宝塚の舞台をはじめて観たとき、一番後ろの席にも関わらず、舞台、役者、ストーリーのすべてに圧倒され、まさに体に電気が走るような衝撃、そして感激を受けました。すぐに「宝塚に入るんだ」と決意し、バレエなどの習い事を始め、なんとか宝塚音楽学校に入学することができました。

宝塚音楽学校では、1年生のときから舞台に立たせていただきました。自分の実力よりも大きな役をいただき、うれしいというよりは、毎日がプレッシャーとの戦いの日々でした。舞台の上で恥ずかしくない演技をしたい、ファンの皆さんに感動を与えたいという思いから、それこそ毎日倒れるまで練習したものです。

幸いにもトップスターとなることができましたが、それよりも、今では宝塚の重要な演目となっている「ベルサイユのバラ」や「風と共に去りぬ」などの素晴らしい芝居や役に出会えたこと、そして、なによりも、多くのファンに出会えたことが、宝塚時代の一番の喜びです。

宝塚には16年間在籍していました。自分には「凛として」というモットーがあり、潔く自分が輝いているときに退団しようと決めていました。やめるときには、「人生がここで終わってもいい、すべてをやりつくした」とまで思ったぐらいです。

これだけ読むと、順風満帆の人生のように思われるかもしれませんが、ここに書きつくせないような人生の荒波も乗り越えてきました。

例えば、宝塚音楽学校では、入学手続きまでは済ませたものの、家計が苦しかったため、始業式の日からずっと欠席していました。数ヶ月たって、退学処分だろうなと覚悟していたころ、地元の駅で偶然出会った先輩に「どうして学校に来ないの?あなたのロッカーは用意されているわよ」と声をかけられました。「あの宝塚音楽学校が私を待ってくれている」と感激し、いてもたってもいられず、電車に飛び乗りそのまま宝塚まで行きました。

この先輩とあの日出会わなければ、今の私はないでしょう。私は、性格的に人にこびたり、損得勘定で付き合うことができず、世間からみれば、損してきたこともたくさんあると思います。けど、だからこそ、人との出会い、ふれあいの瞬間、瞬間を大切にしていきたいと思っています。

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