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こころの再生百人衆

スポーツ分野の方々

川淵 三郎さん

(財)日本サッカー協会キャプテン


昭和11年(1936)12月3日 大阪府高石市生まれ
昭和30年(1955)大阪府立三国丘高校卒業 全国高校選手権大会出場
昭和33年(1958)日本代表選手に選抜される
昭和34年(1959)ローマオリンピック予選出場
昭和36年(1961)古河電工入社 古河電工サッカー部でプレー(~1972)
昭和37年(1962)アジア大会(ジャカルタ)出場
昭和39年(1964)東京オリンピック出場
昭和47年(1972)現役引退、古河電工サッカー部監督(~1975)
昭和55年(1980)ロスオリンピック強化部長(~1984)(日本代表チーム監督5ヶ月)
昭和63年(1988)(財)日本サッカー協会 理事就任
平成3年(1991)(社)日本プロサッカーリーグ(Jリーグ) チェアマン就
平成6年(1994)(財)日本サッカー協会 副会長就任
平成12年(2000)(財)2002年FIFAワールドカップ日本組織委員会 副会長就任
平成14年(2002)(財)日本サッカー協会 キャプテン就任

川淵 三郎さんからのメッセージ

心の再生

1956年20歳で大阪府泉北郡高石町(当時)から東京に進学した。東京で一番驚いたのは電車に乗るときの行儀の良さだった。大阪ではプラットホームに並んでいても、いざ電車が到着して扉が開くと我先に脱兎のごとく席取りに走る。自分のサッカー選手としての敏捷性もそこで鍛えられたかと思うほどに・・・。車の運転も横から平気で入り込む。大阪人は良い意味でも悪い意味でも「出しゃばり」が多いように思う。一見行儀が悪そうにみえるこの「出しゃばり」こそ、今大阪人にとって一番必要な日常生活の態度ではないか。もちろん横はいりはだめだけれど・・・。

「それなんぼしたん?」と大阪人は見慣れないもの、興味あるものを見ると必ず聞く。それがそもそもコミュニケーションの始まり。ところが東京でそんな質問をすると「品がない」とばかりに軽蔑した目で見られる。他人に関心を示さない、或いは関心があっても知らぬ振りをするのが東京人の矜持。だからお隣に住んでいる人が誰なのかを詳しくは知らない。最近では大阪もそういった面で東京化してきているのだろうか。

「三郎ちゃん、元気?」「なにしてんのん、そんなことしたらあかんでえ」「大人の話を立ち聞きしたらあかん、あっちへ行き」「もう遅いから、はよ帰り」「うるさい、静かにしなはれ」など隣近所のおばちゃんは自分の子供を叱るように口うるさかった。他人の子供でも悪いことは悪いと大声で叱った。ほめるときは褒めた。子供も当然のこととそれを受け止めた。でもなぜか近所のおっちゃんはみんな取っ付きにくかった。子供心にも親父の威厳を感じとっていたせいだろうか・・・。だから悪さをしたとき、近所のおっちゃんに怒られると本当に怖かった。

コミュニケーションの良い大阪だからこそ「おれおれ詐欺」に一番引っ掛りにくい地域となっているのも納得できる。そしてなんといってもお笑いのセンスは全国一であることは間違いない。ユーモアのセンスがあることからも子供のいじめも全国レベルではひょっとすると一番低いのではないかと思っていた。でも先日大阪府内でいじめによる自殺のニュースを聞いたときは本当にショックだった。「昔のおっちゃんとおばちゃんを取り戻せ運動」が「心の再生」に繋がるような気がする。地域社会の子供は全部自分の子供と同じ。厳しく、暖かく、愛情を持って見守っていきましょう。むかしのおっちゃん、おばちゃんということは今のおじいちゃん、おばあちゃんの出番が回ってきたということ。結論はおじいちゃん、おばあちゃんも「心の再生」に協力してね。

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