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梨田 昌孝さん

プロ野球解説者 大阪産業大学客員教授


昭和28年  島根県浜田市生
昭和47年  近鉄バファローズ入団(ドラフト2位)
昭和63年  現役引退
平成元年  NHK野球解説、日刊スポーツ野球評論家
平成5年   近鉄バファローズ作戦バッテリーコーチ
平成7年   近鉄バファローズバッテリーコーチ
平成8年   大阪近鉄バファローズ二軍監督
平成12年  大阪近鉄バファローズ監督(平成13年リーグ優勝)
平成17年~ NHK野球解説、日刊スポーツ野球評論家
平成18年~ 学校法人大阪産業大学客員教授

梨田 昌孝さんからのメッセージ

“こころ”のキャッチボール

私の小学生時代は、リトルリーグ等もなく、近所の原っぱで、6つ年上の兄や友達と遊んだ三角ベースが、私の野球人生のはじまりでした。とにかく、外で思いっきり遊ぶのが大好きで、学校が終われば、毎日のように遊びまわってました。

その後、中学、高校と野球部で、厳しくも楽しい練習を重ね、夢だったプロ野球選手として近鉄バファローズに入団できただけでなく、監督としても使っていただき、私を支えてくださった多くの皆さんに感謝しています。

この皆さんとのすばらしい出会いがあったからこそ、今の自分があるといっても過言ではありません。 野球に限らず、人と人の出会いほど素晴らしく、大切なものはないでしょう。

残念ながら、オリックスとの球団合併のため、私が歴史ある近鉄バファローズの最後の監督となったわけですが、その最後の試合のときに、望みを捨てずに誇りを持ってプレーして欲しいとの思いから、選手たちに「お前たちが付けている背番号は、すべて近鉄バファローズの永久欠番だ」という声をかけました。

選手やコーチ、スタッフ、そしてファンのことを思うと、当時のことを思い出すのは正直、今でもつらいですが、一方で多くの「思いやり」を感じることができたのも事実です。

私は中学時代に父を亡くしたこともあり、当時は、新聞配達と集金のアルバイトをしていました。つらい仕事で何度もやめたいと思っていましたが、ある人から「小さいのにえらいねぇ」とほめていただき、「言葉ひとつで人を救えるんだ」と気付くとともに、心の優しい大人になろう、思いやりのある大人になろうと誓いました。

「思いやり」は、私が野球という人生を通じて学んだ、最も大切なことのひとつです。 キャッチボールひとつとっても、「どうやったら相手の取りやすいところへ投げられるか」という「思いやり」が必要なのです。

これは、野球だけでなく、人生や家族においてもまったく同じです。 言葉のキャッチボール、”こころ”のキャッチボールも、相手を思いやる心、同じ目線があってはじめてチーム(家族)ワークが生まれるのです。

【大人の皆さんへ】
「今時の子どもは」という言葉をよく聞きますが、今時の”大人”はどうでしょうか?
私は、母親から常々「自分がされて嫌なことは、他人にしてはいけない」と言われてきましたが、今の大人には、人の気持ちを汲める人が少ないように感じます。

どうか、家庭でのあいさつ、会話を、今以上に大切にしてください。
他人と比べずに、子どものいいところをどんどんほめてやってください。
そして、素晴らしいチームワークに満ちた家族を育ててください。

【子どもたちへ】
スポーツでもスケッチでも、なんでもいいから、家から一歩外にでて、太陽のもとで過ごしてみませんか。
そこから、はじまる出会いやコミュニケーションが必ずあるはずです。

そして、自分の好きなこと、熱中できることをみつけてください。
集中してなにかに取り組むことは、必ず大きな成長につながりますから。

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