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こころの再生百人衆

アカデミック分野の方々

小田 浩伸さん

大阪大谷大学教育学部 教授


1960年大阪府堺市生まれ
兵庫教育大学大学院学校教育研究科(障害児教育専攻)修了。
昭和59年から大阪府立養護学校(現:支援学校)教諭、平成14年から大阪府教育センター指導主事、平成18年から大阪大谷大学教育福祉学部に准教授として着任した。大学では、特別支援学校教諭免許の取得をめざす学生の育成に当たっている。専門領域:特別支援教育、発達障害。
特別支援教育に関する役割として、大阪府教育委員会における「特別支援教育連携協議会検討部会(座長)」「高等学校における発達障害のある生徒支援連絡会議(委員)」「発達障害早期総合支援モデル事業モデル地域連絡協議会(委員)」をはじめ、大阪市教育委員会、堺市教育委員会等、多数市の特別支援巡回相談及び教員研修を担当している。

小田 浩伸さんからのメッセージ

 

私は現在、特別支援教育という立場から保育所の0歳児から成人期までの人に関っています。その経験の中から、気づいたり、考えている三つの視点についてお話しさせていただきます。

一つは、子どもの成長時期ごとに大事にすべきことはありますが、特別支援にかかわらず、すべての時期に共通して身につけておかなければいけないスキルがあると思っています。

それは、「あいさつができること」「お礼が言えること」「謝ることができること」。困った時に人に聞ける、「ヘルプを出せること」の四つです。特に、発達障害の可能性のある子どもたちは「謝れない」子が多いように思います。謝るという習慣がないし、謝り方がわからないようです。

保育所・幼稚園から集団生活が始まり、友だちとの色々な関係の中でそれが言えることによって対人関係が上手くできるようになっていくもので、逆にそれができないと集団になじめなくなります。特に、就労時や社会に出るときに、これができないことによってリスクが大きくなります。コミュニケーションの困難さが、最も大きな離職の原因になっている現状があります。

これは決して特別支援対象の子どもたちだけでなく、全ての子どもたちに必要なスキルであるとつくづく思います。だから、早い時期に確実にこれらを教えていく必要があると思っています。

もう一つは、キレる子どもたちなど、所謂社会の中で不適応を起こしている子どもたちと出会う中で感じたのは、学校の先生や親を怖いと思っていないことです。

私たちが小さい時は「学校の先生に言うで」と言われたら怖かったものです。今は幼稚園でも小学校でも、先生が怒ったら先生に反論する子がめずらしくないのです。1年生に先生が「何々しなさい」とか「何々したらダメよ」と言うと、「何でしたらあかんねん」と反発してくるわけです。

そういう誰も怖くない子は、結局誰かに負ける体験をしたことがないと思うのです。負けるという言い方はよくないかもわかりませんが、そういう負けるという体験がなければ葛藤する力がつかない。怒られて止めておこうとか、怒られるかもしれないという思いが育たなく、結局はコントロールが利かなくなる状態になると思うのです。

「どうしようかな」という葛藤がなく、直感的に直線的にやってしまう子があまりにも多く見受けられます。この葛藤を起こすためには、ダメなものはダメと教えたり、その子がわかるように叱ったりすることも大事だと思っています。

親も学校の先生も叱り方は難しいと思いますが、子ども達の壁になれる大人が絶対必要です。

もう一つ。自由にさせるだけでは子どもは育たないと思っています。子どもを自由にさせれば創造性が身につくという考え方がありますが、何も選択肢がない中での創造性は空想の世界に浸ってしまう可能性があると思います。自由にさせて、本人の学ぶ意欲などに任せてしまっているということがあって、「真似る」「模倣する」というところが非常に弱くなっているように感じています。「模倣する」「真似る」ということをもっと丁寧に教えないといけないと思います。

柔道や剣道、茶道や華道など、「道」とつくのは「型」から入るわけです。柔道でいうと受身ばっかりやる、剣道なら素振りばっかりする。「型」をきちっと練習して「型」を作った上で、今度は「型破り」していくわけです。それが本当の個性だと私は思います。
やっぱり基礎基本の「型」というものをきちっと教える必要がある。そういう意味で、私は「型」からきちっと教えて、「型破り」して本当の個性というものを身につけていくための支援が大切と思っています。

「模倣する」ということを覚えることは、「周りを観察する」という力にもつながります。観察する力がない子は、周りの子のことを全然意識しないから、自分勝手に振る舞うことが多くなるわけです。だから、そういう意味でも「型」を教える、「模倣する」「真似る」というプロセスが大事になると思います。そして、「型」から「型破り」していく中で、「自分らしさ」に気づき、違いを認める感性も身についてくるものと思います。つまり、「モデル」がなければ「自分だったらこうしよう」という個性や特性もでてこないわけです。

今、子ども達を教えるという視点で大事にしてほしいことをお話ししましたが、「こころの再生」府民運動の理念とも通じるものがあると思っています。

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