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こころの再生百人衆

アカデミック分野の方々

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音田 昌子さん

大阪府立文化情報センター所長


大阪府立文化情報センター所長
元読売新聞大阪本社編集委員

音田 昌子さんからのメッセージ

“こころの遺伝子”を大切に”

新聞記者時代に、「母と子の絆」というタイトルで、50回ぐらいの連載記事を担当したことがあります。母親による子どもの虐待事件などが問題化しだしたころで、母性は本能的なものかどうかという興味もありました。取材の過程で、当時の最先端の胎児医学の研究を通じて、お母さんのおなかの中にいる赤ちゃんの様子を、超音波写真などで見せてもらい、まだ胎児期の赤ちゃんが、ちゃんと、自分の父親や母親の声を聞き分けて反応している様子などを見て、すごく感動したことを覚えています。

昔から、胎教という言葉があります。赤ちゃんがおなかの中にいるときに、お母さんが美しい音楽を聞いたり、きれいな絵を見たりすることは、赤ちゃんの情操教育に役立つということが、科学的にも裏付けられたといえます。

特に、赤ちゃんが最初に出会う音楽として、子守唄がありますが、日本の昔の子守唄は、短調の哀調を帯びたメロディーが多いのが特色です。この短調のメロディーは演歌にも共通しており、それが、日本人のこころ、アイデンテティを育てる上で深く関わっていると、宗教学者の山折哲雄先生に聞いたことがあります。短歌や俳句に共通した五七五調のリズムも、同様に日本人のこころに一番快く響くリズムなのだそうです。

こころの再生」を考えるには、まず、こうした長い歴史の中で、脈々と受け継がれてきた「日本人のこころ」をもう一度見直してみることも大切ではないでしょうか。

あいさつをきちんとする、年上の人を敬うといった、人間として基本的な心構えは、かつては、親から子へと自然に伝えられてきました。ところが、ある時期から、はきちがえた自由平等の考え方や個性重視ということで、切り捨てられてしまったことが、日本人としての誇りを失い、こころの荒廃を招いた遠因になっていると思います。

貧しくても、誇りを持って子どもを育てていた昔のお母さんなら、どんなに暮らしを切り詰めてでも、給食代は何とか払おうと努力したでしょう。私も、小さい頃、父がソ連に抑留されていて、母が女手ひとつで私を育ててくれていました。さびしいこともありましたが、そんな母親の生き方を誇りに思っていました。担任の先生も、クラスの子どもたちの家庭環境に細かく心配りをして、今のような形式的な家庭訪問ではなく、しょっちゅう、様子を見に立ち寄ってくれて、時には童話の本を持ってきてくれたり、絵日記の指導をしてくれたりしたことを覚えています。

親や教師など、大人たちがまず、わが身を振り返り、生き方を改めなくては、子どもたちは変わりません。今の日本の社会の中で、大人たちのこころの荒廃が、そのまま子どもたちに投影しており、まず、そこから考えなくてはいけないと思います。

昔の子守唄や演歌に共通した短調のメロディーに日本人がひかれるのは、人のこころの痛みや哀しさがわかる”こころの遺伝子”を、私たちが心の奥底に持ち続けているからだと思います。それは、ええことはええ、あかんもんはあかん、おかげさんでを大切にしようといった、「こころの再生」のキーワードに共通した精神だと思います。だから大人たちは、もっと自信を持って、子どもたちを叱り、ほめてやりましょう。

ただ、子どもと向き合うとき、あまりにも真正面からまともにぶつかると、対決や反発が生まれます。それより、横に並ぶ気持ちで、一緒に同じ方向を向きながら、話し合ったり、何かを一緒にしたりする姿勢が自然だし、望ましいように思います。

日本の伝統的な文化や芸術に親子で親しむのもいいのではないでしょうか。うちのセンターで、以前、能楽の体験講座をしたとき、3歳の子どもを連れてきた若いご夫婦がおられました。ほかの参加者のご迷惑になるのではと心配したのですが、その子は最後までおとなしく、熱心に、楽器の解説や舞台を見ていたのにびっくりしました。両親の話では、テレビの「日本語で遊ぼう」という番組が大好きで、ゲストの若い狂言師が、狂言の所作を通じて、日本のことばの面白さを子どもたちに伝えようとしている姿を見ていて、狂言や能楽に興味を持ったらしいのです。

さまざまな分野で活躍されている文化人や経済人などに、子ども時代のお話を伺うと、小さい頃、祖父母に連れられて、歌舞伎や文楽などを見に行ったとか、美術館めぐりにつきあわされたなど、祖父母の感化で、早くから、ほんものの文化や芸術にふれて育った人が多いことに気づきます。ある時期から、核家族化が進んで、おじいちゃん、おばあちゃんの出番がなくなり、勉強をやかましく言う親のほかに、子どもたちの心のゆとりを育てる役割をになう人が身近にいなくなってしまったのが少し残念です。

私自身の体験でも、ずっと共働きでしたので、息子は両方のおじいちゃん、おばあちゃんに、ずいぶんお世話になりました。そのおかげで、明治、大正時代に育った世代の感化を受けて、碁や将棋を教えてもらったり、夏目漱石の作品に興味を持ったりと、多様な価値観を身につけることができました。本といえば、私も毎晩、寝る前に、子どもに絵本を読んでやっていましたが、少し大きくなってからは、子どもが面白がって読んでいる本は、私も後で借りて、必ず読むようにしていました。一時期、息子が、江戸川乱歩の怪人二十面相シリーズに凝っていた時期があり、私がちゃんと読んでいるかどうかチェックするので、通勤の電車の中で、周囲の人に何を読んでいるかわからないように表紙にカバーをつけて、こっそり読んでいたことを懐かしく思い出します。

その息子も、今では二児の父となりました。今は遠くに住んでいますが、少し前まで近所にいたので、週末にはよく、ふたりの孫がうちに泊まりに来て、バーバが読む本を楽しみにしてくれていました。そんな時、昔、息子がお気に入りだった絵本を、孫たちも目を輝かせて聞いてくれているのを見ると、いつの時代も、子どもは同じなんだなあと少しほっとします。

団塊の世代の方たちが定年期を迎え、これから地域社会に出てこられます。さまざまな分野での活動が期待されていますが、ぜひ、地域の子どもたちの「こころの再生」につながる活動に協力していただきたいと思います。たとえば、昔の遊びを教えるとか、本を読んでやるなど、小さなことでいいのです。家庭や学校の機能が衰えた分を、地域社会で少しでもカバーできれば、きっと子どもたちは変わります。

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