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こころの再生百人衆

芸能・文化分野の方々

kou

江 弘毅さん


1958年岸和田市生まれ。
府立岸和田高校から神戸大学に進む。
81年神戸新聞マーケティングセンター入社し、88年同じ神戸新聞系列の出版社、京阪神エルマガジン社に移籍。
89年「ミーツ・リージョナル」誌を立ち上げる。
93~05年同誌編集長、取締役編集本部長を歴任。
06年春、京阪神エルマガジン社を退社後、大阪・中之島に編集集団(株)140B設立。
雑誌・新聞の連載・執筆、「街」と「だんじり」中心の書籍編集のほか、
NHKラジオ第1放送「かんさい土曜ほっとタイム」レギュラー出演など、このところメディア露出が多くなっている。
著書に『岸和田だんじり祭だんじり若頭日記』(晶文社)、『岸和田だんじり讀本』(編著・ブレーンセンター)、
『「街的」ということ~お好み焼き屋は街の学校だ』(講談社現代新書)、『店のネタ本』(編著・マガジンハウス)など。
近況は140BのHPにて。http://www.140b.jp/

江 弘毅さんからのメッセージ

わたしは岸和田市で生まれ、だんじりで育ちました(笑)。

城下町岸和田では小学校高学年の頃になると、大人が走るのと同じ早さで走れるようになり、だんじりの綱を握り曳くようになります。なのでわたしの場合、もうかれこれ40年だんじり祭をやっていることになるのですが、いつも気づくことは「あいさつ」から始まるということです。

わたしの実家のある岸和田の町は、旧い商店街がある町で、もうほとんどお年寄りばかりのコミュニティになってしまったのですが、だんじり祭になると「わが町」にみんなが帰ってきます。「仕事を堂々と休んで」祭に参加する人もいます。

男性はその年齢層ごとに「青年団」「拾五人組」「世話人」などと呼ばれ、それぞれの役割分担のあるだんじり祭の祭礼団体に参加するのですが、お盆が開け9月の祭礼が来るまでは、それこそ毎晩のように「寄り合い」が行われます。

だんじりのその魅力は、重さ4トンもある木のかたまりを曳き、辻を一気に方向転換する「遣り回し(やりまわし)」にあり、だからこそ岸和田のだんじり祭は、とかく荒っぽさが喧伝され、時には死者が出るような激しい祭などどいわれてます。

その遣り回しを支えているのが実は普段からの「寄り合い」なのです。祭礼組織団体の成員のみんなで話し合うこと。それこそ親子ぐらいの差がある世代を超えた違う祭礼団体の幹部達が話し合い、いろんな決まり事や通達事項を話し、また今年の「遣り回し」をうまくキメるためにいろんなことをわいわいと話し合います(岸和田のだんじり野郎は1年中だんじりの話ばかりしている)。

寄り合いは各町にある会館で行われるのですが、所属祭礼団体が違ってたりして世代が離れる人同士は、なかなかどこの誰なのかがわからないし、普段は町に住んでいないので顔を合わすことが少ない。けれども一人一人のお互いの信頼と心を一つにすることがないと、大きなだんじりを遣り回しすることはできません。

だからこそ寄り合いに行くと、だれかと顔を合わすと必ず「こんばんわ」と挨拶をします。どんな話もどんなこともすべてがそこから始まるのです。 いよいよ待ちに待った年に1度のだんじり祭が始まり、宵宮のまだ空が薄暗い早朝に「曳き出し」が行われるのですが、そこでも町会長や責任者が何百人もの曳き手の前で「みなさん、おはようございます」と挨拶をします。お祭り本番も挨拶から始まります。

日本はここ20年ぐらいかけて、人と人が出会わなくてもまわるシステムをつくってきました。スーパーマーケットにしろファーストフードにしろレンタルショップにしろ、人と人の物理的な接触はあっても知り合いになったりはしません。

けれどもそういう「ひとりぼっち」ばかりの「みんな」になってしまったところではお祭りなんて出来ません。

「あいさつ」がないところでは、何も始まらないということなのです。

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